大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和26年(行)14号 判決 1952年7月22日

原告 寺崎耕 外一名

被告 久留米市長

主文

被告が原告等に対して昭和二十五年九月二十日附でなした免職処分をいずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、請求の原因として原告耕は昭和二十年十一月十五日久留米市臨時雇に採用され昭和二十三年七月三十一日同市主事補に任ぜられ次いで同年十一月十日同市役所庶務課調査係長に補せられたもので同市役所従業員組合(以下単に組合と略称する)役員の地位にあり原告正彦は昭和二十二年三月八日久留米市臨時雇に採用され昭和二十三年三月三十一日同市書記に任ぜられ次いで同年四月三十日同市役所税務課第二課税係に補せられたもので組合員であるところ被告は昭和二十五年八月十五日原告等に対し原告等が(一)組合発表の宣言文を久留米市役所玄関に貼つた。(二)競輪問題について競輪委員長である市議会議員野田八郎に質問した。(三)検察庁に行つて市長を罷めさせよと言つた。(四)市長をリコールして助役を市長に担ぎ出す運動をしているとの四項目の理由を掲げて口頭で辞職を勧告し、原告等が之を拒絶したところ被告は更に同年九月十八日原告等に対し原告等が右辞職勧告に対し訴訟を起すことを敢てしても被告と闘うとの新聞記事に徴しても反省の態度の窺われないことが明らかであつて原告等は市吏員として不適当であるとの一項目の理由を新たに追加して同月二十日附を以て原告等を免職処分に付した。しかしながらこの免職処分は次に述べる理由によつて取消さるべき瑕疵あるものである。すなわち本件免職処分のなされた直前の同年八月中久留米市主催の久留米競輪の場内取締にあたつていた訴外浜田常喜が検察庁に逮捕されてから一般に市政に対する粛正の声があがり被告は同月二日附西日本新聞等に「競輪にはボスが押しかけて八百長騒ぎをおこしたり因縁をつけて金品を強要したりすることがあるから、之に備えて毒を制するに毒を以てする考えから右浜田を使つたので、そのことはむしろ成功であると考えている。」旨の意見を発表し組合もこの問題について新聞社から意見を求められたので、同日附の新聞に被告に並んで組合としての意見を発表したことがあるが、これが本件免職処分の発端であつて、被告の掲げる免職理由の(一)および(二)については原告はいずれも組合の方針に基いて行動したものであり、同じく(三)および(四)はいずれも事実無根である。同理由の(五)は理由自体抽象的なもので免職処分を正当化せんがための藉口的口実に過ぎない。之を要するに被告のなした右免職処分は原告等が熱心に組合活動をしたことをその真の理由とするものである。そればかりでなく被告は右免職処分に際し原告等に対し労働基準法第二十条に基く解雇の予告手当を支払わなかつたから右処分には同条違反の違法があり、以上いずれの点よりするも被告の原告等に対する右免職処分は取消さるべき瑕疵あるものといわなければならない。そこで原告は被告に対し右免職処分の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁事実を認め再抗弁として原告等のなした供託金の還付請求および受領は解雇予告手当の支給を承諾した趣旨ではなく原告等の同年十月分の給与の一部の受領としてなしたものである。而して同年十一月六日に原告等と被告との間に市側において原告等をその現在の労働条件を下らない条件で昭和二十五年十一月中に他の官公庁に就職斡旋することを条件として(一)原告は労働委員会に対する提訴を取下げる。(二)原告等の退職は依願退職の形式をとる。(三)被告は原告等に対し馘首反対のために要した費用のため金七万円を支払う等の条項を内容とする条件附和解が成立し原告等は右和解に基き同年十二月四日被告から和解条項の一項目の履行として、原告等がさきに馘首反対運動費として支出した金七万円を受領したところ、翌五日原告等は被告から被告が予告手当金として供託し原告等が前記の通り受領した金一万四千九百五十三円の返還請求を受けたが、これは右和解の条項に反することになるので原告等は同日和解仲裁人訴外小川秀次に右金員を和解条件の履行完了迄寄託することとし同人から被告に右事実を通知したその後右和解は昭和二十六年一月十二日正午に至つて、被告の債務不履行により決裂し原告等は遂に予告手当金の支払を受けなかつたと述べ、尚原告等は右条件附和解につき条件不成就の理由により昭和二十六年三月十六日被告に送達された本件訴状を以て右和解の破棄を通知した。原告耕は久留米市議会議員立候補に関し昭和二十六年四月三日限り被告に対し久留米市吏員を依願辞職すべき意思を表示すると陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として原告等主張の事実中原告等が久留米市吏員としてそれぞれその主張の通りの職にあつたこと、原告耕が組合役員たる地位にあつたこと被告が原告等主張の日附で之を免職処分に付したことは認めるがその余の事実はすべて否認する。被告は原告等に市町村職員服務紀律違反の行為があり原告等は久留米市吏員としての適格性を欠くものと認めて地方自治法第百七十二条によつて原告等を免職処分に付したのである。而して被告が原告等を市吏員として不適格であると認定するに至つた具体的根拠は次の通りである。先ず原告耕について言えば同原告は(一)組合情報宣伝部副部長の地位を過大に妄信し且つ濫用して自己の単独行為を組合の行為の如く装い事実無根のことを流布しこれを針小棒大に誇張喧伝した。而して右事実は久留米競輪問題について顕現した。(二)競輪委員長である市議会議員訴外野田八郎に暴言を吐いた。(三)昭和二十五年八月二日附および同三日附各新聞紙上に組合名又は組合長名を冒用して意見を発表し政治的重大波紋を惹起した。(四)超過勤務手当は給与の一部であると称して必要のない場合にも超過勤務することが多く、且つ主管外の事務特に選挙事務に興味をもつてこれに立入り自己の職務に忠実でない。次に原告正彦について言えば同原告は(一)主管の税務係長訴外手島平雄から出勤状態の悪いことを注意されて同人に対し反抗的態度に出た。(二)久留米市役所守衛訴外加藤みつ代から職務上その非をなじられて同人に対し威嚇的態度に出た。(三)勤務状態が悪く能率があがらない。(四)職員として身元保証書提出の義務を怠り再三督促を受けて免職直前の同年九月九日に至つて漸く提出した有様である。(五)住居を転々としてその届出をしなかつた。(六)採用当時同原告の提出した履歴書に前歴を秘していたなどの事実があり、日常の行動が粗暴不良且つ不穏当である。之を要するに原告等はいずれも市吏員としての適格性を欠くものといわざるをえないと述べ、抗弁として被告は同年九月十八日原告等に対し同月二十日附で免職処分に付すべき旨解雇の予告をなすと同時に労働基準法第二十条に基き解雇の予告手当として、原告耕に対し金八千四百二十一円(本俸および勤務地手当)原告正彦に対し金六千五百三十二円(本俸および勤務地手当)を提供したにも拘らず原告等がその受領を拒絶したので、被告は即日右金員を福岡法務局久留米支局に弁済のため供託した。ところで原告等は同年十月十九日に至りそれぞれ右供託を受諾の上右供託金の還付請求をして之を受領した。よつて原告の本訴請求は理由のないものであると述べ原告等の再抗弁事実を否認した。(立証省略)

理由

原告等が昭和二十五年九月二十日附で被告より免職処分を受ける迄それぞれ久留米市吏員としてその主張の通りの職にあつたこと原告耕が組合役員たる地位にあつたこと、被告が前同日附で原告等を免職処分に付したことは何れも当事者間に争がない。

原告等は前記の日附で被告より免職処分に付せられるにさきだち被告から同年八月十五日原告等主張の如き四項目の理由を掲げて辞職を勧告せられ原告等が之を拒絶したところ被告は更に原告主張の如き一項目を加えて原告等を免職処分に付したものであると主張するのに対し被告が之を争うのでこの点について調べてみると次の通りである。証人古賀繁記の証言により真正に成立したものと認められる甲第十四号証、同人の証言および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第十三号証、証人越智忠幸の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証の各記載及び証人平島一弥、光安秀夫(第二回)の各証言ならびに原告耕本人の供述によれば、同年八月九日市側より組合執行委員会に対し原告等の馘首につき言及するところがあつたので委員会側からその理由を質したのに対し市側からは回答が与えられなかつた。次いで同月十五日市側より四項目の理由を掲げて原告等に対し辞職の勧告があつたが原告等は之に応じなかつた。ついで同年九月初め委員会側から同市役所秘書課長に対し原告等の馘首理由を質したが確たる回答がえられず、同秘書課長は同月十三日開かれた組合執行委員会に対して原告等馘首の理由として政令第二〇一号と地方自治法の某条とに該当するものと考え目下研究中である旨述べ更に当時の同市長岡幸三郎は同月十八日原告等に対し、公務員として不適格であるとの理由を示したので原告等から何故公務員として不適格であるかを質したところ同市長は君の胸に聞けば判るとのみ答え同日附で同月二十日限り原告等を免職処分に付すべき旨の解雇予告状が発せられた。ついで同月二十二日の組合臨時総会において同市助役訴外主計貞二が理事者側を代表して、原告等は吏員の本分に照して服務上遺憾の点があり地方自治法施行規程第三十八条(甲第十三号証に地方自治法第三十八条とあるのは誤記と認められる)および政令第二〇一号により馘首したと発表した事実が窺れる。右の事実中被告が同年八月十五日原告等に対し辞職を勧告するに際しその理由として掲げた四項目中には、原告本人耕の供述によれば原告耕が同市役所玄関に声明書を貼つたことの一項目が含まれていることが認められる。更に原告本人耕の供述によれば右四項目中には原告耕が競輪委員長を詰問したことの一項目を含むかのようであるが、証人平島一弥の供述により真正に成立したものと認められる乙第二号証の記載および証人野田八郎の証言によれば原告耕が久留米市競輪委員長野田八郎を詰問したのは同年九月五日のことである事実が認められそのことが之に先だつ同年八月十五日被告が原告等に対し辞職を勧告した際の理由の一に掲げられようとは考えられないからこの点についての原告本人耕の供述は措信し難い。結局右四項目中、原告が市役所玄関に声明書を貼つたとの項目以外の三項目についてはその具体的内容を明かにする証拠がない。以上の事実によれば被告の原告等に対する辞職勧告乃至免職処分の理由として形式的に原告乃至組合側に表明された事項は、同年八月十五日の辞職勧告に際しての「市役所玄関に声明書を貼つた」との項目を含む四項目、同年九月十八日同市長自ら言明した「公務員としての不適格性」同月二十二日同市助役の陳弁した「吏員の本分に照らして服務上遺憾の点があり地方自治法施行規程第三十八条および政令第二〇一号に該当する」との三点で、その間必ずしも一貫しないのみならず、処分時における処分行政庁たる同市長の示した理由自体明確性を欠く(必ずしも具体的事実を指摘しなかつたことをいうのではない)ので、更に市側より組合執行委員会に対し原告等の免職処分について言及するところのあつた同年八月九日以前に遡つて事情を調べると次の通りである。すなはち、証人光安秀夫(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証同鶴久安男の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人大石勇の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証、証人越智忠幸の証言により真正に成立したものと認められる甲第十号証の各記載並びに証人光安秀夫(第二回)の証言及び原告耕本人の供述によれば市当局が久留米競輪場の場内整理にボスと目されている訴外浜田を用いていたところ、同人が検察庁に逮捕されて問題化し、之に対する市長の意見として「毒を制するには毒を以てする」考えでやつたとの記事が新聞紙上に出た。組合としてはかねて「権力ボスの追放」というスローガンを掲げていたことではありこの問題について執行委員会を開いて協議した結果「ボス浜田を場内整理に用いるのは不当である」と態度を決定して組合としてその旨の声明書を発表することとし発表を翌日に予定していたところ、新聞社から組合としての立場を質されたので組合長訴外鶴久安男が「毒を制するに毒を以てするということは市政としては思わしくないから組合は之に対して断乎として闘う」旨の意見を表明し之が組合長談として新聞紙上に発表された。そして執行委員会としてはこの記事を以て声明書の発表に代えることとした。その直後原告耕が市役所玄関に特に組合の機関に諮ることなく略々右談話と同趣旨の組合名の声明文を貼つたところこの声明書が物議をかもし、或いは新聞記者が之に関して組合長を尋ね或いは同年八月四日頃組合員大石勇が原告耕との間にいさかいを起す(原告耕が自己の個人名義又は組合執行部名義ではなく組合名義で声明書を出したことについて詰問したことから口論となつた)等の出来事があつた事実が認められる。翻つて被告が原告等を免職処分に付するに至る迄の経過をみるのに被告が原告等に対し明確に免職処分に付すべき意思を表示したのは同年九月十八日のことであるけれども、之よりさき同年八月十五日には既に原告等に対し理由四項目を掲げて辞職を勧告しており、しかも同月九日には組合執行委員会に対し原告等の免職処分につき言及するところがあつたことは前認定の通りであつて、右八月九日における処分についての言及は原告等を免職処分に付すべき意図を有した市当局者が組合側の意向を質したものと見るべきであり(執行委員会としては之に対する態度を決定すべくその理由の説明を求めたことが明らかである前掲甲第十四号証により右事実を認めるに足る。)当時既に市側として原告等を免職処分に付すべき意思を有していたことは、同月十五日原告等に対して辞職の勧告をなした事実によつて裏書きせられているといわなければならない。而して市当局者が右の如き処分の意思を懐くに至つた原因としては、当然同月初めよりの前記浜田の検察庁による逮捕、ボスと目されていた同人が競輪場の場内取締に当つていたことに対する世論の喚起、右浜田の起用についての同市長談話の紙上発表、之と著しく意見を異にする組合長鶴久安男の談話の紙上発表、之につづく原告耕の組合名の声明書貼出が更に物議をかもしたこと等一連の事実が想起されるところである。他方被告は原告主張の免職処分の理由を否認し、原告等には市町村職員服務紀律違反の行為があつて久留米市吏員としての適格性を欠いたものと認めて免職処分に付した旨主張し、その根拠として原告耕および同正彦についてそれぞれ前掲(一)乃至(四)および(一)乃至(六)の事実を主張する。しかしながら原告耕について掲げる(二)の事実は、被告が組合執行委員会に対して原告等の処分について言及するところのあつた前記八月九日よりおくれること一月近い同年九月五日頃の出来事であること前述の通りであり、(四)の事実を立証する乙第四号証(証人保坂英雄の供述によりその成立の真正を認めうる)の作成提出されたのは、更に一月余後の同年十月九日のことに外ならない。してみれば被告は同年八月九日当時原告耕を免職処分に付すべき意思を有しており且つ之を被告に決意せしめたのは、前記浜田の逮捕により世論が喚起された際組合長名で著しく市長と対立する意見が紙上に発表されたこと、被告は之を目して原告耕による組合乃至組合長名の冒用と考えたこと(被告自身しかく主張し且つ之を立証しようとした弁論の趣旨により認めうる)および原告耕が右組合長名の談話発表直後略々同趣旨の声明文を組合名で貼出したこと以上一連の出来事に外ならないと推認することができる。原告正彦について被告の掲げるところをみると(一)については証人手島平雄の証言により勤務状態のよくないことを注意されると素直に、之に従つたことが認められ、(二)については証人加藤みつ代の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証の記載並びに同証人の証言によれば前述の八月九日より十余日後の出来事に外ならないことが認められ、(三)については之を立証する乙第八号証(証人広瀬正信の証言により真正に成立したものと認められる)が作成提出されたのは右八月九日に後れること四十余日の同年九月二十二日以降であることが、同証人の証言および証人堀江満男の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証の内容に照らして明らかであり、(四)および(五)についてはそれ自体免職処分に値する事項とは考えられず、(六)については之を認めるべき何等の証拠もない。而して之に加えて被告が原告に対し同月十五日四項目を示して辞職を勧告し、その際原告が声明書を市役所玄関に貼つたことを一項目としていたこと、その後は容易に馘首の理由を明らかにしなかつたこと、八月九日執行委員会の意向を質するについても、原告耕のみならず正彦をも併せて両者の免職処分に言及していること等の前認定の諸事実及び証人光安秀夫(第二回)の証言により認めうる原告等が兄弟であることを考え併せると、被告は右八月九日当時前認定の理由により原告耕を免職処分に付すべき旨決意すると同時に、原告正彦をも原告耕と一体をなすものとして、同一の理由で免職処分に付すべく決意したものと推認することができる。之を要するに原告等において他に免職処分に付せらるべき有力な事項(例えば原告耕については被告主張の前掲(二)の事実、原告正彦については被告主張の前掲(二)の事実)があつたとしても被告の原告等に対する免職処分の意思は前述の新聞紙上における組合長名談話の発表およびその後の組合名の声明書の発表によつて既に決定されていたもので右例示の如き事実が之を決せしめたのではないことが窺われるのである。以上の認定に牴触する前掲各供述および各書証は既に排斥した通りであり他に之を左右するに足る証拠は存在しない。よつて以下右認定の理由(被告が原告等を免職処分に付すべく決意に至つた処分の決定的理由)による被告の原告等に対する免職処分の適法性について考察することにする。先ず前記組合長名での新聞紙上での談話の発表が鶴久組合長自身の行為であつて、原告耕の行為でないこと従つて亦原告正彦の行為でないことは既に認定した通りであり、又前掲乙第三号証によれば前記組合名による声明文の発表が原告耕の行為であつて原告正彦は之に関与していないことは明らかである。原告等に対する免職処分が、組合長名での談話の発表および組合名での声明書の発表がいずれも原告耕によつてなされ且つ原告正彦も之と一体をなすものであつたとの被告による認定によつて決定せられ従つて又それらの事実がなければ右免職処分は決定せられなかつたであろうと認められる以上(よし原告正彦に他に免職処分に付されうべき事実ありとしても)被告の本件免職処分は原告正彦に対する関係においては、既に違法失当であるといわなげればならない。原告耕については同人が市役所玄関に組合名で声明書を貼つたことは疑う余地がない。之が市当局者の意に著しく反したであろうことも亦察するに難くないけれども、果して之を理由に同人を免職処分に付することが許されるであろうか。地方自治法第百七十二条によれば普通地方公共団体の長は所属の地方公共団体の吏員の任免権を有する旨規定されており、同条末項において右の吏員の任免その他身分の取扱いに関しては別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律の定めによるとして地方公務員法の制定が予定されている。しかしながら本件免職処分当時には未だその公布施行なく従つて身分関係中服務に関しては地方自治法附則第九条、地方自治法施行規程第三十八条により尚市町村職員服務紀律によることとせられる他、分限、保障については何等法令の定めがなく、任免は一に地方公共団体の長の自由裁量に委ねられているかの如くみえるのである。この点について法令に特別の定めのない事を以て直ちに長たる行政庁の自由裁量となしうるか否か頗る疑問の存するところであるけれども、仮にその自由裁量を認めうるとしても、その裁量処分が或いは憲法に違反し或いは他の強行法規に違反することは尚許されないところであるといわなければならない。本件において原告等は被告による解雇は原告等の組合活動に原因するものと主張し被告の原告等に対する免職処分が右認定の如き事実により決定せられたことが認められるのでこの点について考察することとする。前掲乙第三号証、甲第十号証、証人越智忠幸の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証の各記載、証人光安秀夫(第二回)の証言によれば原告耕の前記行為は組合の機関の決定に基きその執行行為となされたものではないけれども、当時執行委員会の行つた決定の趣旨に沿う声明であり、情報宣伝部副部長には一般に組合名においてある程度の声明文を発表する権限が承認されており、且つ直ちに(八月二日)執行委員会において原告耕の各行為を事後承認した事実が認められる。之によつてみると右の行為は必ずしも原告耕個人の行為乃至は原告耕が組合名を冒用してなした行為とはいえず組合の行為と見るのを相当とする。而して労働組合法第二条は労働組合を定義づけるに際して労働組合の目的を限定しているけれども、それには「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として」とあつて、労働組合法に所謂労働組合を「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ること」のみを目的とするものに限定していない趣旨より考えれば、久留米市役所従業員組合が「市政の徹底的民主化」をその綱領として謳い「市行財政の徹底的民主化」「権力ボスの追放」等のスローガンを掲げ(右事実は証人光安秀夫(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第四、第六号証の記載により認められる)偶々市政粛正の声が一般市民の間に起つた際、之に和して組合としての意見を公表することは何等妨げなく法の予想する組合の目的を逸脱する行為とはなしえない。固より組合は「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的」とするものである以上、組合行為として法の保護を受けるには尚一定の制約あることは当然で、市政に対する関与の如き市政の責任は行政府の長たる市長にあり、之に対するコントロールの責任は立法府たる市議会にあり、市民はこの両者に対し選挙を通じてのみ之をコントロールする(市役所従業員組合は一般選挙民より構成された一団体に外ならない)との地方自治制の基本的構造に反する如きことは許されないことは言を俟たず、又その意見の表明についても特に規定のない限り、名誉毀損その他に関し刑法その他の法律によつて制限を受けることは当然である。ところで之を本件においてみるのに、原告のなした前記の所為が組合の行為とみるべきことは前述の通りであるが、之が右の諸点に照して労働組合法第七条に所謂「労働組合の正当な行為」と認めうるか否かは、一にかかつてその貼布した声明文の内容により決せられるものといわなければならない。而して既に労働組合の行為と認められる以上反証のない限り「労働組合の正当な行為」と推定せらるべきところ本件においては前掲乙第三号証および証人大石勇の証言によれば右声明文が「市長及議長の責任追求辞任勧告及び市役所幹部の不正行為粛正」等を内容としたことが窺われないでもないけれども右声明文の内容を右認定の程度以上明確にする証拠がないから未だもつて右の正当性の推定を覆すに足らない。よつて原告耕の右所為を決定的理由としてなされた被告の免職処分は労働組合法第七条第一号違反の行為として原告耕に対する関係においても亦違法の譏を免れないものと言わなければならない。そこで原告両名に対する被告の免職処分にはいずれも叙上の違法あるものであるが、この違法は外観上未だその存在が明かであるといえないから之を取消すべく原告等の本訴請求はいずれも理由のあるものとして之を認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 川淵幸雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例